世代と年代の違いを超えて:湯河原にて多世代ダイアログを開催


2017年8月20日(日)、湯河原にて「多世代ダイアログ」を実施しました。神奈川県青少年問題協議会の事業として、山ちゃん(山田貴子さん)を中心に湯河原の居場所で出会ったみなさんにもご協力いただき実現した企画。会場は、ご縁の杜。天井の高い座敷をワークショップ会場としてお借りしました。


ファシリテーションは、みーちゃん(由佐美加子さん)。

午前中はチェックインのあと、ペアで湯河原のまちを歩きながら相互にインタビュー。最大の情熱と最大の葛藤について。


午後は、年代別に分かれて、話し合い。生きていく上で大切なことは、社会に願うことは、その中での役割は、不安と怖れは?を書き出していきます。


年代によって、大切なこと、社会への期待、社会の中での役割はもちろん変化して生きます。おもしろかったのは、30歳代と40歳代が大きく違うこと!同じようにバリバリ忙しく活動する年代ですが、40歳代になると人生がいつまでも続くわけではないという「人生の有限性」が大きな問題になるよう。この20年の中のどこかに折り返し地点があるのかもしれません。


その後、他の世代の模造紙に移動して対話を続けます。20歳代といっても、もちろん全員一緒というわけではなく、いろいろな価値観があります。そうそう私も20歳代の時はそうだったと思い出すこともあれば、社会状況の違いによって驚くような見方の違いにも出会ったり。


最後は、多世代の人の混じり合うグループで、世代の違いを超えてお互いのリソースを活かしあうには何が必要か?について話し合い、シェア。


いろいろな年代の人がともに居られる場の重要性や、年齢でレッテルを張るのではなく固有名詞での付き合いが大事なのではないか、など本質的な意見がたくさん語られました。


社会の大きな変革期である今、生まれた年が10年もずれれば、育つ環境や世界観は大きく違ってきます。同時代を生きていながら、その経験世界はまったく異なるはず。こう考えると、世代間の問題は、年齢という個の人生のステージの違いと、生まれた世代による価値観のギャップという二重のわかりあえなさを内包しています。前者は立場が循環しますが(例えば「親の心子知らず」というように)、後者は年齢ではなく文化の多様性であって、本来はちょっとやそっとでは理解できない。他者に対する豊かな想像力が必要なはずです。

この縦横二つの違いを混同したままだと、多世代のコミュニケーションはどこかでちぐはぐになるし、若者の支援政策を設計する立場にある相対的に上の世代の価値観と当事者である若者の課題認識にギャップも生まれます。いろいろな年齢の人がそれぞれの持ち味を発揮しあえる地域づくりに向けて、世代と年代の違いを超えた共感やコミュニケーションの場が大事になっていきそうです。